2016年09月20日
『追 憶』 ⑥ ~ 新生活の中で ~
クラスの友達とも、いつの間にか、屈託のなく話せる様になっていた。
親しい友達も出来た。
吉田トモちゃんといって、とてもしっかりして、やさしくて、私にとっては頼りになるお友達であった。
学校からも一緒に帰るようになっていたNeo skin lab 電話。
或る日、
「あたいのおばさんに紹介するから寄って。」と誘ってみた。
「いいわ、そしたらおばさんに、あたいんちに遊びに行ってもいいか、訊いてね。」
このころ、家の付近の様子が分かってきたので、もう少し遠くの方へも行ってみたいと思っていた矢先に、
吉田さんに誘われたことは、とっても嬉しかったのであった。
「ただいま」
叔母は、繕いものをして待っていてくれた。
「おかえり。おや、お友達じゃない。どなたNeo skin lab 騙。」
「吉田です。こんにちは。」と頭を下げた。
「吉田さんちへ遊びに行かんか云うんで、遊びに行っていい?」
叔母は心配そうに、
「すゑ子は、ここから遠くに出たことがないから、帰りが無理でしょ。もう少し慣れてからにしたら。」
「いいじゃんか。おねがい。」
と、この時は一生懸命でした。
その時、吉田さんが、
「中村さんが帰れるところまで、送って来てあげるんから」と云ってくれたので、
「それじゃ、お願いしますね。」
叔母も安心して出してくれた。
「行ってきます。」
「はい、これおやつに。」
叔母が作っておいてくれた蒸しパンを二人で食べながら、手をつないで、一度も通ったことのない道を通って、吉田さんの家へ向かった。
高尾橋を渡って、駅の裏の方にあたるところであったようだNeo skin lab 代理人。
そこで驚いた。
辺り一面、家らしい家がないのであった。
そこには、焼けたトタン板を重ねて作られたウチが立ち並んで立ち並んでいるのであった。
私は瞬間、「これが爆弾を受け、焼かれた家々だ。こんな酷いことってあるものか。」と胸がいっぱいになってしまった。
「ここが私のおうち。おどろいた?」
「ううん。」
と、頭を横に振ったが、驚きは隠しきれなかった。
「お友達なんよ。中村さんって子。秋田から来たんや。」
「よう来たんねぇ。まぁあがんな。」
割烹着を付けた、やさしいおばさんであった。
「こんにちは。」
板の間には、薄いゴザを敷いて、リンゴ箱に食器類が並べられて、他には目星いものは何もなかった。
しかし、吉田さんは、私の怪訝な様子を気にも留めず、
「あたいに、妹がおったんけど、去年の戦災で死んでしまったんや。」
「え、妹が? かわいそう。悲しいでしょ?」
それには答えないで、
「〇〇さんとこのおばあちゃんも、〇〇さんとこのクニちゃんも・・・」と、
死んだ人の名前や、行方不明の人を数人並べていたが、
私の頭の中では、吉田さんの妹が、人ごみの中で泣き叫んでいる様子がちらつくのであった。
今、その時の吉田さんの心境を考えてみると、戦災も酷かったけれど、戦後の暮らしがあまりにも悲惨で、
悲しみは忘れ去らなければならないのではなかったろうかと思う。
「母ちゃんおやつない?」
「おさつがあるんや。良かったらあがって。」
お皿に、四、五本のせて持って来てくれた。
「あがんな。」
「ありがとう。」
二人とも一本ずつ取って口にほおばった。
お手玉で遊んだり、ふざけっこをしているうちに、あっという間に日が大分傾いたのに気が付き、途中まで送ってもらった。
一瞬、いろんなことで驚いたけれど、そこは子供。遊びに熱中したら、さっき受けたショックは、すっかり忘れて、
楽しかったことが胸いっぱいに広がり、
「こんどまたね。」
「さようなら。」
と別れたのでした。
親しい友達も出来た。
吉田トモちゃんといって、とてもしっかりして、やさしくて、私にとっては頼りになるお友達であった。
学校からも一緒に帰るようになっていたNeo skin lab 電話。
或る日、
「あたいのおばさんに紹介するから寄って。」と誘ってみた。
「いいわ、そしたらおばさんに、あたいんちに遊びに行ってもいいか、訊いてね。」
このころ、家の付近の様子が分かってきたので、もう少し遠くの方へも行ってみたいと思っていた矢先に、
吉田さんに誘われたことは、とっても嬉しかったのであった。
「ただいま」
叔母は、繕いものをして待っていてくれた。
「おかえり。おや、お友達じゃない。どなたNeo skin lab 騙。」
「吉田です。こんにちは。」と頭を下げた。
「吉田さんちへ遊びに行かんか云うんで、遊びに行っていい?」
叔母は心配そうに、
「すゑ子は、ここから遠くに出たことがないから、帰りが無理でしょ。もう少し慣れてからにしたら。」
「いいじゃんか。おねがい。」
と、この時は一生懸命でした。
その時、吉田さんが、
「中村さんが帰れるところまで、送って来てあげるんから」と云ってくれたので、
「それじゃ、お願いしますね。」
叔母も安心して出してくれた。
「行ってきます。」
「はい、これおやつに。」
叔母が作っておいてくれた蒸しパンを二人で食べながら、手をつないで、一度も通ったことのない道を通って、吉田さんの家へ向かった。
高尾橋を渡って、駅の裏の方にあたるところであったようだNeo skin lab 代理人。
そこで驚いた。
辺り一面、家らしい家がないのであった。
そこには、焼けたトタン板を重ねて作られたウチが立ち並んで立ち並んでいるのであった。
私は瞬間、「これが爆弾を受け、焼かれた家々だ。こんな酷いことってあるものか。」と胸がいっぱいになってしまった。
「ここが私のおうち。おどろいた?」
「ううん。」
と、頭を横に振ったが、驚きは隠しきれなかった。
「お友達なんよ。中村さんって子。秋田から来たんや。」
「よう来たんねぇ。まぁあがんな。」
割烹着を付けた、やさしいおばさんであった。
「こんにちは。」
板の間には、薄いゴザを敷いて、リンゴ箱に食器類が並べられて、他には目星いものは何もなかった。
しかし、吉田さんは、私の怪訝な様子を気にも留めず、
「あたいに、妹がおったんけど、去年の戦災で死んでしまったんや。」
「え、妹が? かわいそう。悲しいでしょ?」
それには答えないで、
「〇〇さんとこのおばあちゃんも、〇〇さんとこのクニちゃんも・・・」と、
死んだ人の名前や、行方不明の人を数人並べていたが、
私の頭の中では、吉田さんの妹が、人ごみの中で泣き叫んでいる様子がちらつくのであった。
今、その時の吉田さんの心境を考えてみると、戦災も酷かったけれど、戦後の暮らしがあまりにも悲惨で、
悲しみは忘れ去らなければならないのではなかったろうかと思う。
「母ちゃんおやつない?」
「おさつがあるんや。良かったらあがって。」
お皿に、四、五本のせて持って来てくれた。
「あがんな。」
「ありがとう。」
二人とも一本ずつ取って口にほおばった。
お手玉で遊んだり、ふざけっこをしているうちに、あっという間に日が大分傾いたのに気が付き、途中まで送ってもらった。
一瞬、いろんなことで驚いたけれど、そこは子供。遊びに熱中したら、さっき受けたショックは、すっかり忘れて、
楽しかったことが胸いっぱいに広がり、
「こんどまたね。」
「さようなら。」
と別れたのでした。